3.納富哲夫テクニック時代(前半)
咬合を考えていくうえで納富哲夫氏の理論を外すことは考えられません。
世界的に有名であるとか、ないとか、という基準は物事の真実の価値を表してはいません。納富哲夫氏の理論は実際の臨床に則した素晴らしい実践テクニックであると私は、断言します。普通に精密に入れ歯や被せ物を入れて、その上よく機能するという、普通であるけれども実際に表現することは困難なことを実現しています。
納富哲夫氏の方法によれば、本当に入れ歯も被せ物も調整ゼロです。「咬合調整は絶対にありきだよ!口が最高の咬合器だよ!」とよく言われていますが、それでは咬合理論はあっても「実際と理論は違う」ということだと思います。
私の診療室内では、お口のなかに入れるものは完成品で削って入れるという行為はしません。なぜならば「咬合理論と実際の一致」を実現しているからです。他の理論と異なる要点は顎の運動の中で一番表現の困難な運動途中の中間域の表現が出来ている点です。一般に歯を作る咬合器という機械は、顎の運動の出発点と終末点のみの動きを合致させています。その他のポイントは全て実体とは一致させていません。
例えば、歯が一本も残っていない患者様には総義歯を入れます。総義歯はバランスが大切ですのでフルバランスドオクルージョンといって、どこで噛んでも全ての歯が接触するという形式で作成することが今のところ推奨されています。しかし、世の中の先生方や技工士さんたちは、顎関節の途中の中間域の動きを全く計測もせずに技工士さんが長年の勘で疑似的に似せて作っているに過ぎないのです。もしデータを採得したとしても、動きの出発点と終末点のみ生体と合致していて、中間域の動きは生体の動きとはまったく別物になっています。納富テクニックはここの解決が出来た唯一のテクニックです。他の理論は(後に語らせて頂く、佐藤・スラビチェック 理論を除く)この中間域の重要性を全て無視しています。納富テクニックのみ総義歯で中間域を表現できました。これは、すごいことです。
中間域を義歯に表現した場合、どのような利点があるのでしょうか?
上下歯の咬み合わせが精密に表現されているため、義歯装着直後にシックリと閉じることが出来ます。そして糸のような細かいものでも義歯で切りとることが出来ます。食べるという行為が本当に上手くできるようになります。それが本当に生体にとって生理的であるかどうかは別として、落ち着きの良い入れ歯作りを可能にしたことは大変に功績が大きいと思います。
このような高精度なかみ合わせを表現していくのには、特殊な咬合器が必要になります。下に示した咬合器は、バランサー咬合器といいます(図1)。バランサー咬合器は単純に見える構造ですが、しかし実は大変に高度な手さばきを必要とします。操作する人のセンスが必須とされます。要は職人芸の世界です。出来る人は出来るし、出来ない人は一生涯操作できません。
部分入れ歯は普通に想像すると(図2)のようなカニの手のような装置が付いているものを想像されると思います。納富テクニックでは、部分入れ歯も精密かつ特殊な設計を施します(図3)。入れ歯と歯を繋ぐ装置をアタッチメントと言います。全てのアタッチメント装置をコンパクトにまとめ上げるため口腔内での装着感違和感なども殆どありません。審美性も究極的に追及されて義歯の歯肉内に走る血管や歯根周辺の貧血帯や歯周ポケットなどの表現などを作っていきます(図4)。
次回の後半では生理学的な見地から納富テクニックを検証していきます。納富テクニックは既存の技術とは隔絶した世界観があるのはお分かりいただけたと思います。今でも納富テクニックを部分的に使いながら、より生理的な要素を盛り込んで部分入れ歯や総義歯や被せ物の作成をさせて頂いてます。